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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)133号 判決

原告 菊池照子

被告 寿流日舞詩舞の会

主文

特許庁が昭和60年審判第5619号、同5620号、同5621号事件について平成4年5月6日にした審決をいずれも取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1当事者が求めた裁判

1  原告

主文同旨の判決

2  被告

(1)  原告の請求をいずれも棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、下記の商標の商標権者である。

(1)  出願日 昭和55年10月13日

商標の構成 別紙1のとおり

指定商品 第26類「印刷物、その他本類に属する商品」(平成3年政令第299号による改正前の商標法施行令の区分による。以下同じ。)

設定登録の日 昭和58年12月26日

登録番号 第1644852号

(以下「本件商標1」という。)

(2)  出願日 昭和55年10月13日

商標の構成 別紙2のとおり

指定商品 第26類「印刷物、その他本類に属する商品」

設定登録の日 昭和59年2月23日

登録番号 第1658372号

(以下「本件商標2」という。)

(3)  出願日 昭和55年10月13日

商標の構成 別紙3のとおり

指定商品 第26類「印刷物、その他本類に属する商品」

設定登録の日 昭和59年2月23日

登録番号 第1658373号

(以下「本件商標3」という。)

被告は、昭和60年3月29日、原告を被請求人として、特許庁に対し、上記の各商標について、無効審判の請求をした。

特許庁は、本件商標1ないし3について、それぞれ、昭和60年審判第5619号、同5620号、同5621号として審理し、平成4年5月6日、本件商標1ないし3の商標登録を無効とする審決をなした。

(以下、昭和60年審判第5619号、同5620号、同5621号についての審決を、それぞれ、「審決1」、「審決2」、「審決3」という。)

2(1)  審決1(本件商標1についての審決)の理由の要点は別紙審決書写し1記載のとおりである。

(2)  審決2(本件商標2についての審決)の理由の要点は別紙審決書写し2記載のとおりである。

(3)  審決3(本件商標3についての審決)の理由の要点は別紙審決書写し3記載のとおりである。

3  審決を取り消すべき事由

審決1ないし3は、本件商標1ないし3は、商標法4条1項7号に違反して登録を経たものと認められるから、同法46条1項により、その登録を無効にすべきものとした。

しかしながら、被告は、いずれの審判手続においても、本件商標1ないし3は、商標法4条1項8号、同10号及び15号に違反して登録されたものであるから同法46条1項により、その登録を無効にすべきものであると主張し、同項7号違反の点については登録無効事由として主張しておらず、原告もまた同号違反の点については何ら反論していなかった。

しかるに、審決1ないし3は、当事者が主張していない商標法4条1項7号に基づいて判断したものであるが、商標法56条で準用する特許法153条2項によれば、このように、特許庁が審判手続において、当事者が申し立てない理由について審理したときは、その審理の結果を当事者に通知し、相当の期間を指定して、意見を申し立てる機会を与えるべきであるのに、いずれの審判手続においてもこの手続はとられなかった。このように商標法56条で準用する特許法153条2項所定の手続をとることなくなされた、審決1ないし3は違法である。

また、上記のように、商標法4条1項7号違反が登録無効事由として審判手続で主張されていない以上、審決取消訴訟において同号違反を登録無効事由として主張することは許されない。

よって、審決1ないし3は、いずれも、取り消されるべきである。

第3請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1及び2は認め、同3は争う。但し、被告がいずれの審判手続においても、登録無効事由として商標法4条1項8号、10号、15号違反を主張しただけで、同項7号違反の点について主張をしていないことは認める。

2  上記のように、被告はいずれの審判手続においても商標法4条1項7号違反の点について主張していないが、同号違反の主張は、本件審決取消訴訟ですることができる。

3  本件商標1ないし3は、商標法4条1項7号、8号、10号及び15号に違反して登録されたものであり、同法46条1項により、その登録を無効にすべきものであるから、本件審決の認定判断は正当であり、原告主張の違法はない。

第4証拠関係〈省略〉

理由

1  本件に関する特許庁における各手続の経緯、審決1ないし3の理由の要点、本件商標1ないし3の構成(別紙1ないし3)、指定商品、登録出願日及び設定登録日はいずれも当事者間に争いはない。

2  当事者間に争いのない前記審決の理由の要点によれば、審決1ないし3は、審判請求人である被告が本件商標1ないし3の登録無効事由として商標法4条1項7号違反の主張をもしていると解したうえで、同号によりいずれもその登録を無効としたものであるが、被告がいずれの審判手続においても同号違反の点について主張していないことについては当事者間に争いはない。

3  しかして、無効審判請求事件において、商標法56条が準用する特許法153条1、2項にいう「当事者が申し立てない理由」とは、審判請求の方式を定めた商標法56条が準用する特許法131条1項3号にいう「請求の趣旨及びその理由」の「請求の理由」以外の理由、すなわち、審判請求人が申し立てた無効事由以外の事由をさすものであることは明らかであるところ、登録商標についての登録無効事由とは、同事由を定めた法条に該当する具体的事実を指すのであり、これを主張するに当たっては、法条を指摘することまでは必ずしも必要ではなく、具体的事実を指摘することによりその事実が該当する法条の適用を求める審判請求人の意思が看取できればよい。しかしながら、前記のとおり、本件のいずれの無効審判手続においても、審判請求人として被告が登録無効事由として商標法4条1項7号違反の主張をしていないことは被告も認めるところであるが、さらにこの点を証拠により検討すると、成立に争いがない甲第9、第12号証(被告提出の昭和60年審判第5620号に係る審判請求書、昭和60年審判第5621号に係る弁駁書)によれば、本件の審判請求人である被告は、上記各書面に事実関係を記載したうえ、本件商標の登録無効事由は、商標法4条1項8号、10号、15号違反に基づくものである旨を明記して主張しており、上記各書面には、本件商標につき同項7号違反の適用を求める記載は全くないことが認められる(特に、審判請求書である前掲甲第9号証では、上記法条毎に項目を分けて事実関係を記載し、登録が無効である旨を主張している。)。しかして、同項7号の趣旨が審決摘示のように、〈1〉「構成自体がきょう激、卑わいな文字、図形である場合」のほか〈2〉「構成自体がそうでなくとも、当該商標を採択し使用することが社会公共の利益に反し、又は社会の一般的道徳観念に反する場合」を含むとしても、本件商標が上記〈1〉に該らないことは明らかであるし、前掲甲第9、第12号証には、被告における内紛に関する記載があり、これを上記〈2〉に関連付けるにしても同項7号を摘示したうえでこれと具体的に結び付けた整理された主張はなく、他の登録無効事由については具体的事実との関連において法条を指摘していることとの対比においても、被告は本訴において自認するように、いずれの審判手続においても本件商標につき同項7号の適用を求める主張をしたものと認めることはできない。(なお、前掲甲第9、第12号証は、それぞれ、昭和60年審判第5620号に係る審判請求書、昭和60年審判第5621号に係る弁駁書であり、昭和60年審判第5619号、昭和60年審判第5621号に関する審判請求書、昭和60年審判第5619号、昭和60年審判第5620号に関する弁駁書は証拠として提出されていないが、前記各審決の理由の要点及び弁論の全趣旨によれば、上記3つの審判手続において、当事者は、上記審判請求書及び弁駁書とほぼ同趣旨の主張をなしたものと認められる。)したがって、被告がいずれの審判手続においても同項7号違反の登録無効事由の主張をしていると解した審決の認定は証拠上からみても誤りである。

そうであれば、特許庁が本件各審判請求について本件商標に同項7号違反を適用することは、当事者の申し立てない無効事由について審理することになるから、商標法56条が準用する特許法153条2項に基づき商標法4条1項7号違反を適用すべき理由を具体的に示したうえこれについて当事者に意見を申し立てる機会を与える手続(以下「求意見の手続」という。)を経ることが必要であるものというべきところ、この手続がとられなかったことは、前記のとおり、被告により登録無効事由として同項7号違反の主張があったと解したうえで、各審決がなされていることからみて明らかなところであり、この点において審決1ないし3は違法であるといわざるを得ない。

4  上記求意見の手続が必要とされる理由は、いうまでもなく当事者らに対する不意打ちを防止し、商標登録出願の許否、登録の効力等の専属的判断機関である特許庁の審判手続において、当事者に十分意見を述べさせることにあるのである。そして、特許庁の審決に対する取消訴訟が東京高等裁判所を専属管轄とする二審制とされているのは、特許庁の審判手続において、当事者らの関与のもとに一審に相当する十分な審理がなされていることが前提とされているものと解されるから、もし、求意見の手続が履践されず、被申立人が申立人の申し立てない無効事由に意見を述べる機会がないまま登録を無効とする審決を受けることになれば、申立人は専属的判断機関である特許庁において審判を受ける利益を奪われたに等しく、審判手続におけるかかる違法は、それ自体で審決を取り消すべき事由に該当するものというべきである。なお、商標事件では、特許、実用新案事件と異なり、その判断に特に専門的知識を必要とするものではないが、この点は上記判断を左右するものではなく、要は、審決の適否は、審判手続において一審に相当する審理がなされているか否かにかかるのである。

被告は、審判手続において主張しなかった登録無効事由を審決取消訴訟において主張することができるとするが、これが理由がないことは既に述べたところから明らかである。

もっとも、他に主張されている登録無効事由から推して職権による無効事由により判断されても、当事者らに不意打ちとはならないと認められる特段の事情があれば、上記求意見の手続を欠いたとしてもそれを理由に審決を取り消すのは相当ではないので、この点についても検討する。

本件のように先行する同じ公知商標を引用し、商標法4条1項8号(同号のうち、他人の著名な雅号、芸名若しくはこれらの著名な略称を含む商標)、同項10号、同項15号違反による登録無効を主張した場合を例にとれば、これらの規定は当該商標の付された商品の誤認混同防止の観点から定められた、いわば同質の登録阻害事由であることからみて、その適用の基礎となる具体的事実関係いかんによっては仮にその一つが主張されていなくても、特段の事情あるものとして、上記求意見の手続を経ることなくその主張されていない事由による職権判断を認める余地が全くないとはいえない。しかし、同項7号は誤認混同防止とは直接には関わりのない登録阻害事由の定めであり、かつ従来の実務においてその違反を登録無効とする適用事例の極めて少ない規定であることからみて、前記のように甲第9、第12号証に被告における内紛に関する事実が記載されていたとしても、また、他の登録無効事由と同じ先行する公知商標を引用するものであっても、それは同号違反を職権適用するに当たり求意見の手続を欠くことを許容する特段の事情になるものではない。

5  したがって、商標法56条で準用する特許法153条2項の手続を経ずに、当事者の主張しない商標法4条1項7号について審理した審決1ないし3はいずれも違法として取消を免れない。

6  よって、本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松野嘉貞 濱崎浩一 押切瞳)

別紙審決書写し1ないし3〈省略〉

別紙 本件商標1~3

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